なんとなく胸騒ぎがして、傘で庇いながら開いた携帯。
 不在着信の相手にびっくりして急いでかけ直したけれどもう出ない。
 彼女の家に引き返すと途中で近所のおばさんたちの話が聞こえた。

 「文子さんが亡くなったそうで―――。」

 家にはもう、あいつはいなかった。









 
 
 
Rain.-14-









「―――ちょ、おまえ何やってんだよこんなとこで。」

叩きつけられる雨に濡れゆく地面に座り込んでいる彼女の腕を引っ張った。
全身の力が入っていないようで、細い腕を引っ張るだけで、簡単に立ち上がらせることができた。
―――顔は、俯いたままだけど。

「………心、大丈夫か?おまえ。」
「――――あ、れ?なんでいるの…。」
「電話、したのおまえだろ。かけ直しても出ねぇから、気になって探した。…何やってんだよ。」
「―――――は、は。何やってんだろ。」

そう、彼女は言って、薄く笑った。



雨が叩く。
さっき傘を投げ出して走ってからは、そんなに時間は経っていない。
だけど、俺の制服はもうびしょ濡れで、重くなっている。
―――だけど彼女はもっと、俺以上に、びしょ濡れだ。

「―――あーもう…。」

このままでは彼女が風邪をひくと思い、上着をはおらせて、とりあえず雨宿りのできる場所を適当
に探して彼女を引っ張った。
彼女は力のない足取りで、俺に腕をひかれて、雨の中を歩いた。







「……大丈夫、か?」
「え、うん。そんなに濡れてないし、結構かわいたし。風邪はひかないんじゃない?私、馬鹿だか
 ら。」
「―――え、あぁ……ってそうじゃなくて。」
「ん?」
「………………」

なんて、言えばいいのだろうか。
簡単に、口に出してもいいのだろうか。
――こいつだって、わかってるはず、なんだ。だけど…。
こいつの今の様子は、あのことを本当に知っているのだろうかと疑ってしまうほど、元気というか
ふっきれた様子だ。
こんなんになってまで、無理…してるんだ。







「……なぁ、なんでおまえ、泣かねぇの。」




彼女の体がかすかに震えた。
さっきから、俺と目を合わそうともしない。
無理やり肩を引っ張ってこっち向かせたら、瞳には大粒の雫が今にも零れ出そうになっていた。



「幸せになることが……怖いの。」
だってお父さんが言ってたのよ、“嫌なことがあっても、その分だけいいことがある”と。
なら、幸せの分だけ嫌なことが起こるでしょう?
だから怖いのよ。
幸せになってしまったら、また何か、私の大切な誰かが、
消えてしまうんじゃないかって―――――――。

そう言って、彼女はついに泣き出した。











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