After the Rain.
-後編-


 
 
 
 

しんと静まり返った部屋に、私は一人になった。

この時間、独りになるなんて久しぶりだ。
この家で、誰かの帰りを待つこともなく、此処にはもう誰も帰ってこないんだ。


「これで、よかったの」

そう呟いて自分に言い聞かせる。

それでも、雨が降っているわけでもないのに、一人がとても怖く感じる。
――私、いつのまにこんなに弱くなっていたんだろう。
独りじゃ、ダメになっていたんだ。


夕飯を作る気にもなれなくて、そのままベットに入って眠る。
今日まであった全てを、消し去るように。






*  *
心に追い出されてから、オレはとりあえず自宅に帰った。 こんな時間に帰るのは久しぶりだ。 リビングでオレを待ち構えていたのは、 ソファーでタバコを吹かしながらノートパソコンをいじる姉貴だった。 「あら、こんな時間に珍しい。」 「………」 「その顔は、追い出されたわね?」 「るせ」 「案外物分りのいい子だったのね、あの子。」 その一言で全てを悟った。 コイツの、仕業か………。 「――――アイツに、何を言った?」
*  *
バンッ 「心!!!」 「!?」 突然の大きな音で目が覚めた。 時計を見ると眠ってからは2時間ほどが経っていた。 「な、何、誰……?」 こんな時間に誰が。眠い頭と体を無理やり起こし、思考をめぐらす。 恐る恐る会談を下りて行くと、そこには、走ってきたのだろう、 息を切らし真剣な顔でこっちを見つめてくる…というか睨み付けてくる元輝が立っていた。 「――も、元輝!?」 「オマエ…誰に何を言われた。」 「……え?」 「誰かに何か吹き込まれただろ」 いつもよりトーンの低い声で言われた。 「な、何かって……」 「―――やっぱり…」 突然頭をくしゃりとなでられて、そのまま元輝に抱きすくめられた。 「…え、え、え………?」 何が起きているのかわからなかった。 さっきまで凄い怖い顔してたのに、急に安心しきった顔されて、 今私、コイツの腕の中にいる。 「もーわかった、オマエの考えてたこと」 「な、何の話…っ」 「推薦の話、聞いただろ。…誰に聞いた?」 「え、えっと…その…っ」 「言え。」 言って良いのか悪いのか、迷っているとピシャリとそう言われてしまった。 …言っても、いいんだよね…? 「…お、おかーさん……。」 そう言うと元輝はやっぱりとばかりに「はーっ」と大きな溜め息をついた。 私はますます訳がわからない。 「………オフクロ来るとか有り得んから。3年くらいアメリカにいる。  今日だって国際電話で喋ったから帰国してるってこともアリエナイ。」 「ええっ!?」 「てことは、姉貴だろうな」 「お、おねーさん!?」 凄くびっくりした後で、凄く納得した。 どうりで若かったわけだ。 「…推薦の話はホント。言ってなくてごめんな。」 「………」 「でもだからって、オマエの傍にいること、重荷とか、そういう風に思ったことなんて  一度もない」 「でも…っ」 「前にも言ったけど、オレは自分でこうしたいと思ってやってることなの。  オマエがすきだから、一緒にいたいと思う。独りに、させたくないって思う」 「……同情じゃなくて?」 「当たり前だろ」 ………なんだろう。 さっきまで凄く悲しくて、元輝と離れるってこと、 自分でもびっくりするくらいすぐに決心していたのに、 今思えばなんてそんなことを思って必死になっていたのかって、不思議に思えてくる。 この温かなぬくもりに、酔わされてしまっているのだろうか。 「…良かった、コレが無駄にならなくて」 そういって元輝はポケットから何かを探り出した。 「何――――」 壊れモノを扱うかのように優しい手つきで左手をとられ その薬指にそっと“ソレ”ははめられた。 シルバーの、大きな宝石がちりばめられてるわけじゃないけれど、 シンプルで、すっきりとしたデザインの、リング。 これは―――………。 『俺が18になったら、結婚、な。』 2年前のあの日、元輝に言われた台詞が蘇る。 「…約束、果たしにきた。」 「……」 「オレと、結婚してくれ」 あのとき、私はすごく悲しくて、怖くて、辛くて。 もう本当にひとりぼっちになったんだと思った。 だけど元輝は来てくれた。 暗い雨の中、どこまでも堕ちていきそうだった私を、 元輝は光へと救い出してくれた。 あのとき私に元輝がくれた言葉は、今も心の中で光ってる。 それを、元輝も覚えていてくれたなんて。 『予約な、おまえの隣』 心の中で眠っていた想いが溢れ出す。 「……はい」 にっこりと笑って、私は彼の胸に飛び込んだ。 それに応えるように、元輝もぎゅっと私を包み込んでくれる。 ふと気になった。 一応凄く高級って訳じゃなさそうだけど、それでも結構イイ値がつきそう。 「…コレ、いくらしたのよ」 「小遣い1年分、なんつって」 「小遣いってっ」 悪戯に笑う元輝につられて私も笑いがこぼれた。 「金額的には、な。実際貯めてたのは2年前からだし。」 「2年前……」 ………あの日、から? 「そ。」 「……」 ああ、また涙が溢れそう。 こんなにもずっと、元輝は私のことを考えてくれていたのに。 私はあの日に言われた言葉を、ずっと信じていればよかったんだ。 …一瞬でも、信じられなくなってごめんなさい。 「何泣きそうになってんだ」 「だ、だってぇ…っ」 「…もっと泣かしてやろうか?」 「…え」 元輝の顔が近づいてくる。 私はとっさに目を閉じた。 「心」 今までに聞いたことのないくらい、 ひくくて、 やさしくて そしてあまい声で 耳元で囁かれる。 「あいしてる」 この瞬間、すべてのものが美しく輝いて見えた。
雨が降ってももう怖くない。 貴方が傍にいてくれるから。 2007.07.05* ------------------------------------------------ 前編へ