空からのオクリモノ
-a present from the sky-
第1話
2月14日、
それは女の子たちにとって大切な日。
これはその1ヶ月前のこと――、
「すみれー」
「美和ちゃん、鈴ちゃん。何?」
「すみれは今年、誰にあげんのー?」
放課後、帰り支度をする私の元に、友達兼クラスメート――美和と鈴が楽しそうにやってきた。
「だれって、何が?」
「「…………」」
バン、と大きな音を立てて、美和は机を叩き、身を乗り出した。
「何を言ってるの!?バレンタインまであと1ヶ月!盛り上がらない女子はいないよ!?」
少し男まさりな彼女は、拳をぐっと握りしめ、力強く言う。その後ろで、おっとりさんの鈴は「そーそー」と
続く。
「って、すみれちゃんは照れ屋だもんね〜」
「隠したって無駄よっ薄情なさい!」
「んぎゃあっ!くすぐんのだけはヤメテ!誰にもあげんのよう!」
突然二人して私の弱点に襲い掛かって来た。いつもこうして私は、隠し事を吐かされたりしてきたのだ。
「……すみれちゃんが、くすぐりでも答えないなんて…」
「反抗期かしらねぇ母さん…」
「ちょっとちょっと、本当にあげないんだってば、信じてようっ!」
小芝居を始める二人を、慌てて制止にかかる。この二人の寸劇は、早いところで止めないと、止まらなくなる
から。
「吉岡とかは?」
「吉岡?あははナイナイ。義理を作る余裕はないよ」
「……ふーん?」
吉岡は高校で知り合った男友達のことだ。
私はどうして吉岡の名前がそこで出たのかはわからなかったけれど、別段気にも止めず、話を聞きながら支度
の済ませた鞄を持って、教室をあとにした。
たとえばまだ、彼が生きていたのなら、私はチョコをあげていただろうか―――?
――5年前――
『――すみれ 危ないっ!!』
―――バンッ
『…………中井?』
目の前に広がる朱に、意識が遠くなったのを憶えてる。
飛び出した私を庇い、身代わりとなった私の好きな人は死んでしまった。
(私のせいだ)
私は怖くて、逃げるようにあの町を出た。
だから此処には、中井を知る者など誰もいないのだ。
* *
翌日のこと、朝のHRに先生と一緒に、一人の転校生が教室に入って来た。
「中井建一君だ。みんな色々教えてあげるように」
「!?」
私は唖然とした。
5年前の交通事故で亡くなったはずの彼と全く同じ名前で、顔もそっくりなまま、現れたのだ。
* *
「あ、お帰りなさい」
家のドアを開けたところで、洗濯物を抱えてた女性が立っている。
「――ただいま、優子さん」
「……ねぇすみれちゃん、無理にとは言わないけど、そろそろ“お母さん”って…呼んでくれないかな?」
「――無理です。」
私は冷たく言った。こんなやり取りも、初めてではない。
「私はまだ、家族って、認めてないです」
そう言って、彼女の顔を見ることなく、自分の部屋へと引っ込んだ。
彼女――優子さんは、私の父親の再婚相手だ。4年前に、中井と同じく交通事故で、私のお母さんは亡くなっ
ている。
その2年後、優子さんがうちに来た。それ以来ずっと、優子さんとはこんな感じで。優子さんはすごく若い、
若くて綺麗だから、新しいお母さんという風にも見れなくて、私はこんなだし、完全にタイミングを逃してしま
ったのだ。
「ふごふごご〜…」
「ぶーちゃん」
ペットのミニブタが、鼻を足にすりつけていた。
「ただいま、ぶーちゃん」
そう言って抱き上げた。
ぶーちゃんは、お母さんが事故に遭った時に庇った、ペットショップから逃げ出したブタだった。
(お母さんが、命と引き換えに守ったぶた…。)
お母さんが遺したぶーちゃんは、その日から大切な家族になった。
* *
「―――なっ、何で中井が此処に…?」
翌朝、ドアの前にあの中井が立っていた。
私は驚いて、つい大きな声を出してしまった。
それにも動じない様子で、彼は額の前に手をやり、「よっ」なんて言う。
「“よっ”じゃなくて!…な、なんで…?」
「ああ、此処俺ん家。すみれん家の隣」
と、中井は私の住む202号室と、その隣の203号室を交互に指差して言う。
「いつのまに…」
「でさ、すみれ。学校までの道まだわかんないんだよね。一緒に行こ」
「―――――え?」
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